SPECIAL ガレッジセール ゴリの夢 おきなわ新喜劇の先にあるもの|ガレッジセール ゴリ【前編】

2017年04月04日
お笑いに留まらずマルチな才能を発揮し、役者、演出、映画監督と活躍の場を広げ、日本のエンタメ界を牽引するガレッジセール ゴリ。 そんな誰もが知る「ゴリ」が、沖縄観光とエンターテイメントの融合を夢見て、沖縄文化を継承し新産業を創りだすというビジョンを語る。周囲を巻き込み、そして自身を動かす内なるものとは何なのか。「カタリスト ゴリ」のその一面に迫る。
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作・演出・演者はすべて自分 だからこそ選んだ「お笑い芸人」という職業

もともとお笑いを始めたきっかけ、ガレッジセールを結成したきっかけは何だったんですか?

「きっかけは僕が東京の大学の映画学科演技コースに入っていて、そこで役者を目指していたんですけど、ちょうど2年生の頃、1年生を歓迎するということで、人前でコントをやりました。初めて台本を書いて、自分で演出して、自分で演じて『ウケる』っていう評価を生でもらったのが新鮮でした。映画とは違って、これはいいなあって。1年間映画学科の演技コースで勉強してきたのは、脚本が書いてあるものを覚えて、監督に演出されて動く、というものです。それも楽しいんですけど、お笑い芸人は作・演出・演者、 全部自分なんです。映画ってその場では評価がわからないし、終わったあとの感想で『よかったよ』とか言われますが、お笑いだと感想が生でもらえる。僕が学生だった頃から、既にお笑いの方ってお笑い番組だけじゃなくて、ドラマや映画で役者として演じたり、歌をうたったり、マルチに活躍されていたんです。僕はやっぱりエンターテイメント全般が好きなので、『それ全部ができるお笑いが、一番いいじゃん!』って気づいて大学を辞めました。お笑いやるならコンビ組まなきゃなと思って、中学のときからアホなことしていた川田を思い出し、川田となら面白いんじゃないかと、電話しましたね。そしたら『じゃあ、やるやる!』って軽い感じで受けてくれて。アイツも22歳なのに職にもつかず、そのときレンタカー屋でバイトしていたんですけど、川田が東京出てきてそれで吉本へ入ったという感じです」  

ゴリさんといえば私たちのイメージではダンスをやっているイメージもあるんですが、その路線には行こうと思わなかったんですか?

「それは無かったですね。あれは『芸人がここまで踊れるんだ』っていうことで人が喜んでくれるけど、ダンサー枠だと別に普通のレベルなので。僕もブレイキンやってたの小5から中1までですし、その後はずっとサッカーと女性ばっかり追いかけていたから(笑)」  

「頑張ってこれたのも沖縄のおかげ」感謝の気持ちからスタートした新喜劇

新喜劇は始めてどれくらいになりますか?

「もう5年になるのかな?  最初の頃は、会社にやりたいって言ってもやらせてもらえなかったですね。沖縄って芸人もタレントもいっぱいいるし、でも沖縄で定着する大きな箱、所謂ショースペースっていうのが無いなと思っていて。例えば沖縄にそういうものを作れば、それなりに大きな雇用にもつながるじゃないですか。スタッフ、技術、演者、マネージャーとか全部を沖縄の人でまわせるようになったら、沖縄の経済の一翼にもなれるんじゃないかと思って。吉本には『吉本新喜劇』っていう素晴らしいコンテンツがあります。マニアックな若者だけが笑うんじゃなくて、おじいちゃんもおばあちゃんも、みんなが幸せになるような〝誰も傷つけない笑い〟っていうものがあるんですね。これに沖縄の独特の風習・習慣を入れてチャンプルーにすることができたら、沖縄に来た観光客は『絶対におきなわ新喜劇に行く』みたいな流れを作れるんじゃないかと。それこそ『夜はお酒飲んで食事しながら、おきなわ新喜劇を見るんだ!』みたいな。だから、それを立ち上げたいって言いました」  

面白いですね、もっと聞かせてください。

「理想は全部テーブル席にすること。ウェイターが芝居中もずっと歩いて、お客さんは笑いながら『すいません、ビール2つ!』、からあげを食べながら〝ショー〟のお笑いを楽しむことができる新喜劇を沖縄に作りたい。そこにはエイサーや琉球舞踊、ヒップホップダンスがあったりと、本物のミュージカル調にして、それでいて笑えるものを作るのが僕の夢です。今は劇場が小さいし、予算がないからまだまだ実現できていない。そういう本物のショーを創るためには、まず演者一人ひとりがしっかりしないといけないと思っています。まさに今、その演者を育てている最中ですね。それこそ吉本新喜劇の間寛平さんとか、山田花子さんとか、池野めだかさんのように強い個性とキャラが必要だと感じています。その次は、一回一回お酒飲んで食事しながら、という成功事例を作れれば、『じゃあ、こういう劇場作ろうか』と、会社も地域も動いてくれると思っています。そのときがきたら僕の辞めるときかなって思っています。僕は、新喜劇に出たくてやっているのじゃなくて、創るためにやっていますから。自分の中では、10年で実現して引退するって決めているけど、思い描いていたペースで進んでいないので、ちょっと焦っています。半分の5年が経ってもまだこの状況だから、あと5年で本当にできんのかなって。あと5年で夢を実現したいですけどね」  

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いつ頃からその壮大な夢を描き、沖縄のエンターテイメントを盛り上げたいと考えたのですか?

「若い頃は、沖縄に貢献したいと思ってもいなかったです。もっと、自分が上りつめたかった。沖縄にいるんじゃなくて、東京に行ってもっと大きな舞台で大きな仕事をして、もっと有名になりたい、もっとすごい仕事がしたいっていう個人的な欲求のほうが強かったです。でも、ある程度東京でも頑張ることができて、結婚して子どもが生まれ家庭ができると考え方が変わってくるんですよ。どんどん落ち着いてきますし、がむしゃらに『トップへいくんだ』という気持ちよりも、みんながなんか幸せになってニコニコしてくれるようなものないかな、と思い、40歳を超えると、何か貢献できたらなって気持ちになってくるんですよ。実は、今まで頑張ってこられたのも沖縄のおかげ、というのもあるんですよね。沖縄初のコンビということでいろんな仕事のオファーがきたりしました。だからこそ、お世話になった沖縄に対して、何かしら感謝しなきゃ、東京で学んできたもので何を還元できるのだろうと考えたとき、やっぱりお笑いだった」  

それが、おきなわ新喜劇だったんですね。

「ですね。沖縄にもお笑い芸人さんはいっぱいいます。『僕ができる何か』と考えたら、やっぱり『おきなわ新喜劇』だったんです。その理由ですけど、僕が東京に出て初めて『沖縄の歴史ってああだよね』『観光地のあそこって有名だよね』とか言われたときに、知らないことが多かった。そのときに、自分のアイデンティティなのに何も知らず恥をかいて、底知れぬほど情けない気持ちになった。そして、初めて沖縄のことを勉強し始めたとき、『あ、おれって沖縄出身なのに何も持ってねえや』って虚しくなった。沖縄を学んでいくほど沖縄のことを好きになるし、僕は沖縄の人なんだ!  沖縄に還元しなくちゃ、と思ったときに、周りには僕みたいな人が多いってことに気づいたんです。若い人ほど、沖縄の歴史や風習を知らない人が多いんです。観光客もそうですが、ただ観光のお土産だけもって帰るのでは勿体無い。沖縄の独特の風習・文化・知識を持って帰ってほしいという想いが僕にはあって、だからおきなわ新喜劇の中では、毎回ひとつ必ず沖縄の知識を入れているんです。泡盛がタイ米でできているなんて誰も知らないですよ、観光客は。あと離婚率が1位とか。ネガティブも入れちゃいます。でも9割は笑ってほしい。いっぱい知識入れすぎても、『うわぁ、勉強かぁ〜  面倒くさー』ってなるけど、一個くらいは脳に入れたくなると思うんですよ。『沖縄のあの古墳みたいなお墓は、実は子宮をかたどっていて女性から生まれて死ぬときは子宮に戻ってくるって意味らしいよって』っていうような、人についつい言いたくなるようなネタを、毎回ポロポロって入れるんです」  

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大阪では、新喜劇が観光のひとつのコンテンツになっていますよね。

「おきなわ新喜劇が、NGK(なんばグランド花月)の沖縄バージョンになれたら最高ですよね。僕もNGKに出させてもらっていますけど、入口で待っている人の熱気に毎回圧倒されます。始まる!  今から!  楽しいエンターテインメントが!  って感じで、お客さんが中に入っていく。以前、一日支配人をやって、実際に入口に立ち『いらっしゃいませ!』って挨拶をしたんですけど、お客さんの雰囲気を見て、『いいなぁ、エンターテインメントって』と心から思いましたね。NGKの入口は、あそこだけラスベガスのエンターテインメントショーみたいになっていて、開場と同時にブワーって人が入り、ものすごい大きい声で吉本の社員さんが『一列になってくださーいっ』って叫ぶ、あの熱気が素晴らしいんですよ。地元のお客さんも、観光でいらしたお客さんも一緒になって、『エンターテインメント新しいやつみたい!  どいて、どいて!  いい席取りたいの!』って。もう席は決まっているんですけど(笑)。周りには、飲食店があってみんなビールもって酔っ払って乾杯したり、ウインナーもっていたり。沖縄でも早くそういう劇場を創りたいんですよ」  

沖縄でも上手く観光との相乗効果を出せるといいですよね。

「沖縄の人に毎回お金払ってきてもらうっていうのもなかなか厳しいと思うので、僕は観光客を中心に意識して作るべきだと思っています。たま~に沖縄の人で、生で見てみたいなって人はぜひ来ていただきたいですけど、ほぼ九割九分観光客で埋まるのが理想だと考えています。沖縄の人って、美ら海水族館に行かないじゃないですか。沖縄には無料でも十分に楽しめるお祭りとかイベントがいっぱいあるので、いざお金を払ってっていうのは、正直なかなか大変だと思っています。なので、沖縄の人からお金をいただくというよりも、観光客に親しんでもらってそのレールに上手いこと乗せることが、おきなわ新喜劇を長く続けていく道だと思っています。そのためには、沖縄独自の芸能だったり、沖縄の知識や小ネタだったりといった内容もお笑いに入れていかないといけない。そうすることで、沖縄独特の文化や魅力もうまく内地に発信していくことができる。沖縄でしか見られない、沖縄らしいショーを実現すべきなんです」  

実現できるのが楽しみですね。

「本当にもう。それができたら僕、客席の裏でお客さんが笑っているのを見て、絶対泣くと思います。やっとここまできたかって」  

<つづく> 【後編】「何とかなる」ためには、どうしないといけないか

※このインタビューの全編は沖縄ビジネスライフマガジンJOBANTENNA MAGAZINE(ジョブアンテナマガジン) VOL.4の巻頭インタビューとして掲載されています。沖縄県内のファミリーマート全店にて無料で配布しております。

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