CATALYST 長年培ってきた最先端の発酵技術で「沖縄らしさ」と「新しい食文化」を発信!|琉球セメント株式会社 常務取締役、株式会社 紅濱 代表取締役社長 原島 賢也

2017年11月13日
県内唯一のセメント製造業として、沖縄の社会基盤整備の一翼を担ってきた【琉球セメント株式会社】。その食品部門として2003年に設立されたのが【株式会社 紅濱】。琉球王朝時代から食されてきた豆腐ようを、独自の紅麹菌を使って商品化。さらに長年培ってきた発酵技術を生かし、飲むフルーツ酢をはじめとする沖縄をテーマに新しい個性的な食文化を発信している。原島社長は、全国10ヶ所の転勤を経て3年前、琉球セメントの常務として沖縄へ赴任したと同時に株式会社 紅濱の社長に就任。これまでセメント製造業に携わってきた原島社長にとって、食品業は未経験の分野。新たな挑戦に対する思いを伺った。

原島社長1

郷土の資源で郷土をつくる

セメントと豆腐よう、一見共通点が無いように感じますが? 「琉球セメントの経営理念である『郷土の資源で郷土をつくる』をベースに、沖縄に密着したものを出発点にしてやっています。豆腐ようは、琉球王朝時代から現在に伝わった発酵食品ですので、非常に合致した商品だと思います。またフルーツ酢は、シークヮーサーやパイナップル、タンカンなど、当然県産のものですから、これも郷土に立脚している商品だと思っております。沖縄のために、そしてまた、県外の沖縄のファンの方々のために公言してまいりたいところです」 原島さんはどちらのご出身なのですか? 「埼玉県出身で、両親も関東の人間です。学校を出て就職をしてから、最初に山口県に行きました。それから九州や東北、名古屋、東京も含めて全国をぐるぐるまわりまして、3年前の平成26年6月から琉球セメントに赴任し、同時に紅濵の社長にも就任しました。沖縄には旅行で遊びには来たことがありましたが、仕事では出張でも一度も来たことがなかったもので、いろいろと驚くことはありました」 豆腐ようは馴染みのない食べ物だったのでは? 原島社長2 「今は慣れ親しんで食べております。ただ、どうしても沖縄県外の方にとっては、好きだ嫌いだという部分はありますよね。県外の方々に知っていただきたいな、というのがまず大きなテーマです。そしてお土産物として位置付けていけたらと思っています。福岡の“明太子”や、仙台の“笹かまぼこ”のような、お土産にもお酒のお供にもなるような。豆腐ようも、そういったニーズがあると思いますから、広めていきたいと思います。そして最近は外国からいらっしゃるお客様も多いので、いずれは海外にも、と。せっかく沖縄というロケーションで、日本のなかでは、海外に一番近いところにあるわけですから、海外の入り口になって、どんどん取り上げていきたいと思っています。実は先日、外国の某公共放送の案内で、アメリカの有名なシェフがお見えになられて、豆腐ようについて大変関心を寄せていただきました。日本の発酵食品というテーマで、日本全国まわって取材をされているなかで、私どもの豆腐ように注目いただいたようです」 転勤で全国を転々とされていますが、新しい土地・職場で身についたことはありますか? 「全国をまわって苦労した部分もありますが、それぞれの土地柄や、その場の雰囲気などがありますよね。要はリーダーというのは、皆さんが背中を見ているわけなんです。前から見ると仕事をしていることがわかるのは当たり前ですが、背中から見ても仕事をしているという人、といっても実際に背中だけ見ても仕事をしているのかわからないものではありますが、人は背中を見て仕事をやっているなと思わせる人に、ついていくのではないかなと思います」 数多くの転勤を経験し、色々なリーダーの背中を実際に見てきた原島社長だからこその言葉である。現在は社長の背中を見て育っている社員は多くいるのでは?と聞いてみた。 「そのような気持ちではいますが、どうでしょうね(笑)」

お客様と直に相対するということ

食品業で感じる“やりがい”とはどういったところでしょうか。 原島社長3 「時々お付き合い頂いている飲食店に、ふらっと行くことがあるんですね。そこで、とあるお客様がビールのおつまみに豆腐ようだけを頼まれて楽しんでいらっしゃるのを見たことがあるのですが、嬉しかったですね。また空港で瓶入りの豆腐ようを販売しているのですが、朝早い時間帯に、5~6つくらい棚にあった商品を全部お買い求め頂いているお客様に遭遇したこともあります。思わず『私、ここの会社の代表をしております』と声をかけてしまった事もあります。そうやってご愛顧いただけるお客様がいる限りは、その期待に応えていきたいなと思いますね。豆腐ようはお米や肉、魚のように必需品というわけではないですし、他社様でも豆腐ようは生産されています。その中で、私どもの製品をお選び頂けることは、大変光栄であり、より一層期待に添えるよう努めていきたいと思います」 そういう場面に出会うと、すごく嬉しいですね。 「お客様と直に相対するということは非常に心意気に感じることができます。お金をお支払いいただいているわけですから、非常にありがたいことです。また、直接そういう方にお会いできることは、非常に貴重で嬉しいことです」 製造業と食品と全く違う業種に携わっていらっしゃいますが、この2つの業種に共通していることはありますか? 「食品にしても、セメントにしても、一番あってはならないことは、お客様の信用を裏切ることです。食品の場合、いろいろなトラブルが起こる事もありますが、とにかくそれを起こさせない。作り手にとっては1万回作れば1回のミスがあるかもしれませんが、お客様には1つなのです。仮にそういった場面が起きたとしても、自分たちで食い止めなければなりませんし、基本的にはミスがないことが第一ですから、少なくてもお客様にはそういうことは提供しない。セメントにしても、うまくいかないことがあってはならないことですから、とにかくいかなる商品を提供するにしても、お客様の信用を損なうことがあってはならない。そうしなければ自分たちに跳ね返ってきますから。そこが第一ですね」 原島社長5

「なんくるないさー」の本当の意味

仕事に対する信念や働き方などについて教えてください。 「仕事をやっていく上で常に全力を尽くさないといけないと思います。ただ、全力を尽くせば何でもできるという人もいますが、それは私は嘘だと思います。全力を尽くしてもできないことはできない。ただできないなかで“なぜできないのか”“どういう風にしたらいいのか”とできない理由を考えたり、人の手を借りてみたり。そういった知恵が出てくるわけです。まずは自分で全力を尽くして奮闘する。それで達成できればいいと思います。沖縄には『なんくるないさー』という言葉がありますね。実はその文の前に『誠そーけー』とあるのです。県外の方たちはそれを除外して認識してしまっていて、沖縄の人はみんな『なんくるないさー』と思っていると。でもそうではないですね。県外の言葉でいうと『人事を尽くして天命を待つ』こういうことなのです。人としてできる限りのことをして、その結果は天の意思に任せるように、沖縄の人も人事を尽くした人間が『なんくるないさー』と天命を待つ訳です。だから『なんくるないさー』は人事を尽くす、全力を尽くすということが前提にあると思います」

もっと外へ、もっと揉まれて

原島社長4 敢えて沖縄の若者に苦言を呈するとすると? 「沖縄は地理的なハンディキャップがあるのは仕方ないですが、九州でいえば鹿児島県は宮崎県や熊本県と隣接していますし、新幹線で福岡県までもすぐに行ける立地です。だからこそ、そこでいろんなことで揉まれますよね。沖縄だと、どうしてもそういったチャンスを掴むためには、飛行機に乗って行かなくてはならない。もっともっと外へ出て知識を吸収して外の方々と交流し、揉まれていかないと、と思います。そして沖縄に戻ってきてもらって、沖縄の発展に貢献していくことが一番ベストなことですね」 原島社長の話を伺っていると、「しなやかな人」という印象を受けた。全国を巡って揉まれ、手に入れたしなやかさなのだろう。沖縄の若者たちも、このしなやかさを手に入れて、職場で柔軟に活躍できることを願う。  
原島 賢也(はらしまけんや) 1958年生まれ、埼玉県出身。1982年、 慶應義塾大学商学部卒業。宇部興産株式会社入社後、宇部三菱セメント株式会社 東京支店 物流・施設担当部長、宇部興産株式会社建設資材カンパニー 資源リサイクル事業部 営業部 リサイクルグループリーダー、同社 生産・技術本部 伊佐セメント工場 副工場長を経て、現在 琉球セメント株式会社 常務取締役、株式会社 紅濱 代表取締役社長。モットーは「人事を尽くして、天命を待つ(誠そーけー、なんくるないさー)」。趣味は琉球民謡。
JOB ANTENNA MAGAZINE vol.5 「CATALYST」より

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