CATALYST 浦添を中心とした西海岸開発における期待と高揚感。沖縄がもつポテンシャルをエキサイティングに活用したい|株式会社マチナト興産 取締役事業開発部 部長 住吉 基伸

2017年10月25日
株式会社マチナト興産は、取締役事業開発部部長の住吉基伸氏の祖父が一代で築いた座波建設の100%持ち株会社であり、不動産業を主な生業としている会社である。当然、建設・不動産業についてのお話が広がっていくかと思いきや、これまでの住吉氏の経歴を聞いて驚いた。1978年、母親の実家である那覇市久茂地で生まれるが、その後はずっと東京育ち。大学卒業後は、ITベンチャーを経て、2005年に株式会社サイバーエージェントへ入社。自社サービスのプロデューサーや同社の主力事業であるAmeba関連サービスのマーケティング部門の責任者などに従事してきたという。株式会社マチナト興産に入社したのは、2年前の2015年。IT業界出身の強みを生かし、現在はグループである座波建設などを含めた既存事業とのシナジーを狙った新規事業を手がけている。

マチナト興産住吉さん1

IT業界で培った感覚と不動産業の融合

サイバーエージェントといえば、IT業界広しといえども、その名を知らぬ者はいない超有名企業である。大企業であるだけに、その事業は多岐にわたるが、住吉氏はどのようなことを手掛けてきたのだろうか。また、全くの異業種への転職にその経験は生かされているのか、気になって聞いてみた。 「IT業界では“プロデューサー”と呼ばれる立場にいました。どういうサービスを提供し、それをどういうふうにユーザーに見せ、どうやって売り上げをあげていくか、どう事業を作っていくか、みたいなことをやっていました。私が率いていたのは10名ほどの小さなチームでしたが、当時のやり方で効果があったのは、チーム一人ひとりの力を上げていくことですかね。トップダウンでなくボトムアップ。自分で考えて成長できるようになってほしいんです。サイバーエージェントでその働き方が面白かったので、異業種ではありますが、マチナト興産に入社したあとも意識していますね。あとはIT業界の人って、横のつながりが密だったり、互いの情報交換も重要視しています。まさに日進月歩の世界ですから、そうやって常にアンテナを張っていないと取り残されますからね。沖縄に来て思ったのは、業界は違ってもそのアンテナの感度を鈍らせてはいけないなということでした。もともとIT業界の知り合いは沖縄には少なかったのですが、こちらでイベントに出て積極的につながれるようにしました。その甲斐もあってか、今はつながりができ、そのコネクションで今までの経験を活かしたビジネスをしていきたいと思っているんです」 マチナト興産は、サンエーマチナトシティなどの企業向け賃貸業をはじめとした不動産業を展開している。IT業界でのコネクションと経験をどうやってこれらの不動産業に絡めていくのか、そのあたりをもっと突っ込んで聞いてみた。 マチナト興産住吉さん2 「挑戦は始まったばかりなので、未知数な部分も多いのですが、ビジネスとしては2つの柱を考えています。ひとつは、土地や資産を今までとは違う形で活用したいなということ。例えば、今考えているのは、那覇にある築40年くらいのマンションを、通常の賃貸物件として貸し出すのではなく、民泊として貸し出せないかと検討しています。もちろん旅館業法的にクリアになるように改修も必要です。自分たちの資産を活かすビジネスをやりたいなと考えています。民泊ならAirbnbとして運営することでIT技術も絡められますし。もともとある資産×ITとして面白いことをやれたらなと。もうひとつが、ゼロから何かを売っていく新しい事業。この場合は別会社を作ることも視野に入れています。既存でやってきたことにこだわらずに、いろんな事業にチャレンジしたいんです。今はそういうサービスを考えては、トライアンドエラーの繰り返し。まさに試行錯誤の途中です。アプリを作ったりとかもしました。うまくいきませんでしたけど(笑)。でもそれに懲りず、エキサイティングに面白いことを追求したいですね」 そう答える住吉氏の口調は、朗らかで澱みがなく実に楽しそうである。しかし、安定した会社員の身分を捨てて、なぜ沖縄で“賭け”ともいえるような挑戦をすることになったのだろうか。そのあたりについても話を掘り下げて聞いた。  

エキサイティングに面白いことを追求

「生まれこそ沖縄ですが、東京育ちなので感覚は東京人です。それでもウチナーンチュハーフとしてのアイデンティティーは、強く持っている部分もあります。小学校時代の担任が奄美出身の方だったこともあり、奄美・沖縄地方に関する話などをいろいろしてくれたという環境もありましたし、何より夏休みなど長期の休みには必ず沖縄で過ごしていたので“沖縄”という言葉に敏感になっていて、例えば本土で見るテレビの天気予報で、沖縄が端折られたりするのを見ると幼心に悲しくなったり。常に頭の端には、沖縄でできることをやりたい、力になっていきたいと思っていました。それで大学卒業後、沖縄ですぐ働こうかとも考えましたが、『まずは東京でやってみれば?』という弊社の代表でもある叔父の勧めもあり、IT業界に就き楽しくやっていました。でも35歳くらいの時に、将来を考えてふと『ずっと、サラリーマンはないかな』と思ったんです。自分がいなくてもサイバーエージェントはいくらでも大きくなるだろう。でもマチナトだったら、よりエキサイティングに生きられるだろう、と」 住吉氏とのインタビューで印象的だったことのひとつが、「面白そう」とか「エキサイティング」というキーワードだ。 県内では公務員や銀行員が人気であったりと、職業に関して安定性を求める思考の人が多いなかで、この2つは耳に残る言葉だ。確かにビジネスに関して言えば、新しいことへの挑戦は欠かせない。それは創業者である住吉氏の祖父に由来する気質なのだろうか。 マチナト興産住吉さん2 「祖父と私は性格としては全然違いますよ。祖父は豪快な人で、表裏もなく、味方も多ければ敵も多かったんです。20~30年前の話ですが、街でロン毛の若者を見ると面と向かって『男のくせに』とか言っちゃう人でしたから。『この人、刺されないかな』って心配しました(笑)。目立ちたがり屋で、おしゃれで、派手。まさに典型的な戦後の経営者という感じで、バイタリティもあり、自分とタイプは違います。祖父は本部町出身の四男で、ハングリーさがありました。事業展開も積極的な姿勢でしたし。私は協調性を大事にしますね。祖父とのエピソードとして、今でも悔やんでいるのは『“1本出す”から、株の投資でもやってみるか』と言われて、当時学生だった私が断ったことですね。1本とは一千万円のことで、今考えれば非常にもったいないと思います。あと、祖父の言葉で印象的なのは『沖縄の地図を変えたい』ですかね。座波建設のほうは建設業、特に海洋工事が得意なので、地図に残る仕事であるのは確かですし、沖縄の地図はこれからもどんどん変わっていく土壌があると思いますので、祖父の意志はこの先も継いでいきたいです。座波建設が今やっている事業は、空港やビーチを作ったり、航路を掘ったりと、浚渫工事と呼ばれるものに強みがあります。船の航路を作ったりする際に、水深を深くするために掘り下げるのですが、工事用に保有している船の規模が、県内で3本の指に入る大きさを誇ります。ただ、ずっと海の工事があるわけではないと思うので、何か新しいことを、と考えているところです。公共事業なので、こちらからどういう動きができるかは難しいのですが、少しずつ広がりが見せられればいいな、と。とにかく地図を変える仕事に携われていることは、幸せだと思いますね」 創業者であり、裸一貫で座波建設を大きくした祖父の背中を見て育った住吉氏。タイプは違うと言いつつも、トライアンドエラーを前向きに、笑いながら繰り返せる姿勢は祖父譲りなのだろう。

沖縄の伸びしろのチャンスを感じたため、自分からアクションを起こす

「やっぱり経営者を見て育っているので、早く一人前になりたいという気持ちが強くて、それでITベンチャーに就職したというのがありますね。短い時間で力をつけられる仕事であり、自分でなにかアクションを起こしていくやり方を認めてくれるので」 “責任者”という立場が生まれると、どうしてもリスクを避けるために保守的になるものだが、住吉氏は違う。なにか新しいことに自分からアクションを起こしていくのを面白いと感じる性格だという。何事も自分次第だと。 「祖父も建設業の前にスクラップ業をやってみたり、本当にいくつもの事業にチャレンジしていました。もともとは座波商会という名前で松下電器の代理店をやったり、富士重工のスクーターである『ラビット』の代理店をやったり、貿易やったり…。そうやって試行錯誤して、うまくいったのが今残ってる事業なんです。祖父本人からは多くを聞いたことはないですが、親戚が昔話として語ってくれるので、その姿勢は刷り込まれている可能性はありますね」 マチナト興産住吉さん4 とはいえ、まったく別業種、しかも沖縄への転職に不安はなかったのだろうか。さらに最先端の仕事とのギャップで苦労はなかったのだろうか。 「子どももまだ幼かったので、そういう意味では妻には迷惑をかけたかなと思います。私自身最初から順風満帆にいくとは思っていませんでしたので、ある程度の苦労は予想していました。でも沖縄でやってみて再確認したのが、まだまだ沖縄に伸びしろというか、ポテンシャルはあるということ。ビジネスに関してはやり方、進め方の仕組みを知らないだけなんですね。数字をきっちり見て検討するとか、そういうビジネスの基本的な進め方が、我が社では浸透していなかった。でもこれは能力差ではなく、単に仕組みを知っているか否かの問題なので、私が伝えればいいだけの話。これはむしろチャンスだ!と思いました。仕組みややり方をしっかり作れば伸びるんです。その可能性に気付いていない市場も、沖縄にはたくさんあります。オードソックスな手法を身につけ、自分で考え、動ける人材が育てば、変化の激しい今の時代の波に上手く乗れるのではないかと思います。仮にそういうスキルを身につけたうちの社員が独立してよそで広めてくれてもいいし、そういう風に仕組み化が広がっていくのもよいと思います。伸びしろという話で言うと、浦添周辺、西海岸の開発が大きなチャンスですね。現在の成熟した時代に、これだけ手つかずの土地があるなんて、日本中探してもどこにもないですよ。それを受け入れられるだけの底力が自分たちに必要ですね。本土の大きな会社が入ってそのお手伝いをするのではなく、ノウハウを吸収して自分たちでできるように。今後につなげていけるように。10年、20年後が楽しみです。西海岸にビーチができて、大型客船が泊まれるような港も建設されて、ライカムより大きい商業施設もできます。ホテルも道路もできる。国道58号の渋滞も緩和されますよ。再び、沖縄の地図が大きく変わる可能性がありますよ!」

改革することをポジティブに思える人、来たれ!

住吉氏の発言はすべてがポジティブである。 こんなリーダーのもとであれば、社員たちもどんどん新しいことを吸収していくのではないだろうか、と率直な意見をぶつけると、住吉氏は苦笑しながら答えた。 「社員教育という意味では正直、時間はかかっています。でも確実によくなっているのがわかります。もともと建設・不動産で採用した方々だったので感覚も違いました。2年で少しずつスピードや精度が整ってきた感じですね。でも沖縄の人は素直ですし、能力差は本当に感じないので、これから伸びていくと思います。ビジネスにおいて素直さって大事なんです。話をちゃんと聞くことができますからね」 ビジネスでは素直さも大事…。当たり前といってしまえばそれだけだが、人の話をきちんと聞ける姿勢というのは、柔軟さにもつながるので頷ける。他にはどういう人を求めているのだろう。 マチナト興産住吉さん5 「先ほど述べた、浦添の開発も然りですし、沖縄にはまだまだポテンシャルがあると思います。チャンスはあるので、自分から考えて動ける人材が欲しいですね。会社のパワーにもなるし、その方が仕事は楽しいはず。やらされるのではなく、積極的に自分から動いていく。そういうところに面白味を感じてくれる方に、ぜひチャレンジをしてもらいたいです。レールが敷かれていない、予想がつかない人生のほうが面白くないですか。育てるという言い方はおこがましいので、一緒に作っていける仲間を探したいと思います。あとは常に外にアンテナを張って、生の情報を仕入れることは重要だと思います。今、沖縄は変化の波のなか。そこで生き残っていくためには、ウチナーンチュの良い資質である、おおらかさを持ちつつ、仕事ではスイッチしないといけない。沖縄の外に興味を持って出ていく動きを持てれば言うことはありませんね。開発だけでは一世代で終わってしまいます。世界はどんどん小さくなっていくので、日本でなくてもいい。そういう視点を持って仕事に取り組める人を求めます。“仕事”っていうと身構えてしまいがちですが、ちょっとでも面白く、エキサイティングにしたいじゃないですか」 こうして約1時間半に及ぶインタビューはあっという間に終わった。住吉氏のポジティブな言葉を聞いていると、ワクワクしてくる。改革はまだ始まったばかりだ。  
住吉 基伸(すみよし もとのぶ) 1978年、母親の実家である那覇市久茂地で生まれる、38歳。東京都出身。大学卒業後、ITベンチャーを経て、2005年に株式会社サイバーエージェントへ入社。自社サービスのプロデューサーや同社の主力事業であるAmeba関連サービスのマーケティング部門の責任者などに従事。2015年より祖父の創業した株式会社マチナト興産に入社。グループである座波建設などを含めた既存事業とのシナジーを狙った新規事業を手がける。
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JOB ANTENNA MAGAZINE vol.3 「CATALYST」より

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