CATALYST 人を育てられる人を作る。 そうでないと企業なんて残っていかない|株式会社 御菓子御殿 代表取締役社長 澤岻 英樹

2017年03月14日

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 紅いもタルト一日10万個

沖縄県内で知らない人はいない、と言っても過言ではない「紅いもタルト」の元祖。 今では一日10万個も売れる、ご存じ「御菓子御殿」の澤岻英樹社長にお話を伺った。テレビにも出たりしていたので読者にも馴染み深いのではなかろうか? 現会長のカズ子氏は愛車のポルシェまでもが紅紫色ということでも有名であり、現社長であるカズ子氏の長男の澤岻社長もそのキャラクターは負けていない。気さくで屈託のない、笑顔の印象的な人物である。話のきっかけをつかむために、まず家業を継いだ経緯を尋ねると、「学校の部活が終わってから手伝いをしていましたので学生のころからお菓子作りに携わっていて、たまたま製菓学校に進むことになってしまったからかな」とカラカラと笑いながら言う。 「当時沖縄には和菓子屋さんがあまりありませんでした。沖縄のお菓子と言えばちんすこうやサーターアンダギーくらい。だから、和菓子を選びました。製菓学校に行くことになったのも、人の縁なんです。弊社が取引していたある企業のご子息が製菓学校に行っていることを聞き、私も行ってみようかなと進路を決めてしまったのです。やると決めたらやる性格なんで、こんな見た目の私ですが製菓学校では一生懸命に和菓子を学んで沖縄に帰ってきたんですよ。(笑)帰ってきてからは、和菓子だけではなく、洋菓子などすべての製造にかかわりました。紅いもようかん、紅いもかるかんなどの紅いも菓子の種類を増やしたり、練菓子や大福などの和菓子商品も次々出していきました。さらに、技術を磨くために原料メーカーへ勉強しに行ったり、製造過程をすべて見せるタイプのお店に一年間修業させてもらったりしましたね」  

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そもそも元祖と呼ばれる紅いもタルトはどういった経緯で誕生したのだろう。

沖縄が復帰した直後、父と会長(母)がレストランを経営していました。最初に嘉手納町で開いたレストランが好調で読谷、うるま市の石川、沖縄市とあわせて4店舗まで増えました。そのレストランの一角で基地に勤めていたコックさんたちがドーナツやアップルパイ、チョコレートケーキを作っていたんです。アメリカ仕込みのお菓子のほうが人気になり、お菓子屋さんに転向したのが昭和54年です。4人から始めたお菓子屋さんでしたが、待っているだけでは売り上げがあがらないと会長は出来立てのお菓子を美味しいうちに食べて頂きたいとワゴン車にお菓子を詰め込み地元読谷村の個人商店を回り、お願いをしたところ快くお菓子を置いてくれました。そして、近隣の市町村にも販路を拡大しました。 大きな町に行くと大きなスーパーがあったので飛び込み営業をしたら本社に行ってください、と言われたそうです。会長は何も知らないところから一つひとつ地道に営業活動をしてくれました。そのおかげで行事があったりすると、朝方まで作るなんてこともよくありましたね(笑)。紅いもタルトを作るきっかけは昭和61年、読谷商工会の依頼です。村おこしの一環として、『紅いもを使って何かお菓子を作ってほしい』と頼まれたのですが、最初は断わっていました。その頃には社員も70名に増え、取引先も多くなっていたころで寝る間もない時期であったことや紅いものお菓子なんて見たこともなかった頃です。 一番苦労したのは紅いもの仕入れです。戦前は紅いもが主食だったのが戦後、主食が米やパンに代わり、家畜の飼料としても使われていたがそれも配合飼料に代わり、紅いもの生産農家が少なくなっていた頃です。 手に入るのは、折れた芋や小さな芋。また、イモゾウムシの問題もありました。村内にひとつしかなかったお菓子屋さんでしたので、引き受けることになりました。 でも引き受けたからにはみんなに迷惑をかけたくないと思い一生懸命紅いもの開発に取り組みます。紅いもを仕入れるために会長が一軒一軒農家を回り、紅いもを掘ってもらっているときにひらめいたのが形は芋の形にしよう。食に合わないとされている紫色をあえて見える形で絞ってみよう。芋の葉が風にサワサワ揺れるのを表現するように波打つように絞りだしてみようとできたのが紅いもタルトでした。 しかし、売れるまでには時間と費用がかかりました。作り続けて10年、沖縄発の飛行機の茶菓子として採用され平成7年から平成11年までの4年間採用されたことがきっかけで、CAさんやバスガイドさん、県外のお客様の口コミで広がっていきました。わざわざ読谷村の小さなお菓子屋さんまでガイドさんが「ここが沖縄の特産品を使用したお菓子を売っているお菓子屋さんです。」ということで観光バスでお客様を連れてきてくれたのです。 ここで初めて、今なら夢であったお菓子の城、御菓子御殿が作れるかもしれないと思い、計画に入りました。計画から5年もかかったんですよ。前例がないってことで、なかなか融資も決まらず人生の中で一番苦労した期間だったと言っています。でも、せっかくお菓子の城を作るのだから沖縄らしい景観にこだわり、首里城を模した外観で製造ラインをすべてお客様に見てもらう楽しいお店にしたかったのです。御菓子御殿ができるまでは手絞りで職人さんが腱鞘炎にならないように一時間ごとに交代し、最大一万個まで手絞りで作っていました。でも、製造ラインを自動化して安心で安全な工場を見て頂きたいという手法にこだわったんです。上から絞るタイプの機械はあったのですが、紅いもの葉を波波とさせたい思いがあったので、斜めから絞るタイプの機械を東京の機械メーカーさんと散々やり取りを重ねて試行錯誤した結果、共同で世界初の紅いもタルト製造ラインを開発しました。  

 テロによる大不況

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2001年6月にオープンさせました。ここでもこだわったのがお土産用の箱売りだけでなく地元の方も買いやすいように単品コーナーを設けたり、気軽に足を運んでいただける用にレストランを併設したり。 地元向けにお団子も作ったりしていたんです。しかし、その三ヵ月後に未曾有の事件が起こる。アメリカの同時多発テロである。 「70名の新規雇用もし、これからだと思った矢先だったのですが、パタッと観光のお客様が来なくなってしまったのです。もちろん私たち御菓子御殿だけではありません。沖縄の経済が止まるのかと思うほどの大打撃でした。でも、そんなときでも沖縄発の見える工場兼お店ができた。 『あそこのお店に行くとこんなのもあるよ』って。口コミで広がってくれました。と地元の方が足を運んでくれました。 『沖縄県でもだいじょうぶさ〜沖縄』のPR活動を全国にしたりいろんなことがあって、本当に地元に支えられてここまで来たと感謝しているんです。 初めての大型店舗でやることすべてが初めてだったので大変なことはたくさんありましたがそんなときでも前向きです。 今できること。安心で安全な商品づくりに会社全体で取り組もうということになりISO9001やHACCPという国際規格をとるために奔走しました。やっぱり人の口に入るものだから、安心・安全なお菓子を作りたいですからね」 ISO9001もHACCPも、製品やサービスの品質保証を通じて、顧客満足向上と品質マネジメントシステムの継続的な改善を実現する国際規格である。 特にHACCPは製造・加工工程のあらゆる段階で発生するおそれのある微生物汚染等の危害をあらかじめ分析する。その結果に基づいて、製造工程のどの段階でどのような対策を講じればより安全な製品を得ることができるかという重要管理点を定めなければならず、取得が難しいと言われている。 「販売と製造、営業のすべての部門で取ったのは、全国的にうちがはじめてだったんです。毎日書類とにらめっこしていましたね。夜も眠れないくらい」 澤岻社長の話はとてもパワフルで、フロンティア精神がみなぎっている。 元祖紅いもタルト、世界初の工場、全国初……そのいずれにも「先見の明」を感じずにはいられない。カズ子会長あっての澤岻社長といった感じである。  

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「常にアンテナは張るようにしています。市場で、今何が売れているのか、何が流行ってるのかリサーチしたり。自社の商品には絶対の自信を持っています。紅いもタルトで言えば強みは、タルトの紫部分は混じりっ気のない100%の紅いもを使用しています。バターにもこだわりほぼ無添加無着色の商品だと自信を持っています。紅いもはあまり甘みの強い芋ではないので当時の開発の難しさがありましたが村ぐるみで協力、応援してくれた想いを壊すことなくこだわり続けていきたい。でも、それに甘えることなく、次の商品開発にも力を入れています。最近では紅いも生タルトやいもいもタルトという新商品が出ました」と澤岻社長。  

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「どこでも買えるものではワクワク感がないじゃないですか。あちこちで買えては意味がない。沖縄の地域にこだわり、沖縄にきて買って頂きたい。沖縄旅行の思い出と一緒に持って帰って頂きたい。と思っています。だから県外に店舗を増やすことは考えていません。しかし、インバウンドも増え、周知したいと思っているのでアジア圏内での販売は視野に入れて営業活動しています」 安易に店舗展開を増やさないのも、御菓子御殿さんの社風を表していると思った。とはいえ、現在の従業員数は520名の大企業である。組織づくりにも苦労があったのではないだろうか。 「ISO、HACCP以降に組織というものを意識するようになり、また人材について考えるに至りました。それまでは目標売上数字が大きければ大きいほどみんなが頑張れると思ったのですが、社員自身が目標を作りどのようなことをすればよいか。理念についても落とし込みができる1泊2日の経営戦略会議で考えるようになりました。今では一丸となるという感覚が固まりつつあります。社長になり、もうすぐ2年になりますが今までを振り返り、今後、社員とともに何をすればよいかを考えた時に自分ができることを着実にやっていこうと思いました。できることからコツコツと、当たり前のことをちゃんとやろうという意識に。 最近力を入れているのは、SNS部門と開発部門ですね。商品開発室という部署をきちんと設け、理念に沿った沖縄の素材にこだわった沖縄発の銘菓を作ることが目的です。 組織作りという点においては、人材育成をテーマに新卒1年目から3年目、そして10年までの人材育成プログラムを作り、検証、策定しながら進めています。また、中堅社員の育成にも力を入れていきたいと思い、月1回の勉強会も開催しています。私は、製造や販売、営業にかかわりましたが、製造側の社員は販売がわからなかったり、反対に販売側の社員は製造のことを知らなかったりする。 だから、数字を見せて具体的な売り上げ、製造原価、仕入原価、経費、減価償却・・・・・・などの報告と意味合いとお互いのやるべきことを確認しながら、一緒に勉強し、振り返りと来月のやるべきことを話し合いします。それまでは、年商数億というと会社が儲けていると思っていた社員たちも実情がわかるようになります。また、ビジネスマインドと言えば聞こえはいいのですが、そんな話し合いもしています。その中のひとつで部下を育てられる人材ということをよく話し合います。自分でやるほうが早いから自分でやるではなく、人を育てられる人を作る。そうでないと企業なんて残っていかないんですよね」  

フレンドリーだけど 責任はすべて社長

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澤岻社長の言葉は、そのゆったりとしたテンポも相まって、愛敬がある。ワンマンではなく、社員に好かれているのだろうと思う。 だが、なんでも自分でできるならば、自分でやったほうがよい、と思うことはないのだろうか。 その質問をぶつけると、「まったくないですね。やってもらったほうが幸せです。みんなに任せることにしています。でも、何かあったときの責任は私がきちんと取りますよ」との頼もしい言葉が返ってきた。 あとは研修制度にも力を入れているという。新入社員は2ヵ月間の間、芋の収穫から、製造、配送、販売まで、全部を経験して、そこから配属が決まるらしい。 専務の澤岻千秋氏は、澤岻社長の社長としての気質をこう語る。 「社長は、従業員に接するのも友人と接するのも距離感は変わらないんです。それがいいところ。社員にちょっかい出して笑ったりしていて、いつもフレンドリー。遠いけど近い、という絶妙な距離感でいてくれるから、社員は安心すると思います。社員と同じところでご飯を食べていたり、休憩したり社長然として振る舞わない。でも威厳はある」 チャーミング。澤岻社長の人間性はその一言に尽きると思う。そんなチャーミングな社長が現代の若者たちに求めることとは何だろう。 「今の若い人たちに自分で考えて行動する癖を身につけてほしいですね。彼らは真面目だし、素直だから言ったことはきっちりやるんです。だから、私たちも若い人たちがやる気になるような言い方、伝え方を変えています。人それぞれで性格も違うし同じ世代でも気質がバラバラなんですよね。特に最近は、1年目の子にはちゃんと声かけして、『わからないことはなんでも聞けよ』とフォローするようになりました。1年目、2年目は仕事を覚えるので精一杯だと思うので。なおかつ、チャレンジする機会や発表の場も与えています。店長が産休に入るような場合、店長代理をしたい人を募って、プレゼンさせて、みんなで選ぶんです。このチャレンジ制度は下からの意見です」  

ボトムアップとトップダウン、その両方がきちんと機能している会社は理想だが、実現している組織はそう多くない。

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「社員の意見は吸い上げるようにしています。バースデー休暇も取り入れたり、社員旅行も、社員から要望があって行くようになりました。どんな会社にしたいのかを社員に聞いたら、〝毎年社員旅行に行ける会社がいい〟って言うんですよ。行先も社員が決めて、社員が楽しく安全で行動できるよう毎年変わるプロジェクトメンバーで段取りしてくれます。私はこの時間を大事にしています。社員とともに過ごす大切な時間ですから。社員数が多いので4回に分けていくのですが、私が毎回来るから、現地の方に添乗員かと思われるんですよね(笑)」 最後まで、笑顔の絶えないインタビューとなった。澤岻社長の大らかな笑顔があるからこそ美味しい紅いもタルトが生まれ、私たちの心をいつまでも満たしてくれているのだ。  
澤岻 英樹(たくし ひでき) 株式会社 御菓子御殿 代表取締役社長 1968年生まれ。48歳。沖縄県読谷村出身。東京製菓学校卒。1988年4月入社、15年間の和菓子職人を経て、店舗立上や店舗責任者として販売に携わる。その後、常務、専務経験を経て2015年2月に代表取締役社長に就任。
 

<株式会社 御菓子御殿の求人情報>

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